礼拝説教

 

2018年6月3日主日礼拝

説教題:「神の摂理に導かれて」

説教者:長田栄一

聖書 ルツ2113

 ルツは、ナオミと共にユダのベツレヘムに住みます。異国の地ではありますが、神を見上げつつ、その地での生活を始めたルツに、神様はすばらしい出会いを用意なさいます。

 

 「摂理」とは、「神がその愛によって世の事すべてを導き治めること」(『広辞苑』より)。ルツの出会いを導かれた神様は、私たちの生涯をも摂理の御手で導いてくださいます。

 

1.はからずも

 

ルツはナオミを助けるため、落穂拾いにでかけます。ユダヤ人の律法では、貧しい人々が他の人の畑の落ち穂を拾い集めることは許されていました。ルツが出かけて行き、落穂を拾い集めたのが、「はからずも」ボアズの畑でした。彼は、ナオミの夫エリメレクの一族に属する有力者の一人でした。「はからずも」…ルツの意図を越えた所で、神様の摂理の御手が確かに働いていました。

 

2.神の目に留まった二人

 

 ルツは、ナオミのためを思い、休もうともせず、一生懸命働きました。他方、ボアズはルツがモアブ人であることを知っていましたが、偏見によって歪んだ先入観を持たず、ルツの人となりをよく理解し、彼女に親切に振る舞います。神様が目を留め、摂理の御手を働かせなさったのも、無理のないことに思えます。信仰と愛に生きる人を、神様は放っておかれません。

 

3.摂理の御手をキャッチする信仰

 

 帰って来たルツを迎えたナオミは、畑の主人からナオミが大変親切に扱われた様子を見て、誰のところで働いたのか尋ね、それがボアズの畑であったことを知ります。その時、ナオミは大変喜び、続いてボアズのところで働くようルツを励まします。ナオミの態度の中には、神様の摂理の御手を感じ取っている様子が伺えます。私たちの側でも、神様の摂理の御手をキャッチする信仰を持つことは大切です。